ここ数年、新型コロナウイルスの影響を受けながらも何度か愛犬と参加できるイベントに講師として参加させていただいています。
そんななかで受けた多くのご家庭に見られる問題の根底にあることの一つは、
人間:「うちの子(=犬)は私たち(=人間)の言うことを聞かないんです」
イコール(=)
犬:『うちの飼い主(=人間)は僕/私(=犬)の言うことを聞いてくれないんです』
と同義であることだと感じます。
つまり、我々人間は、さも犬たちが私たちの言うことに従うのが当たり前だと思っているが、そう思えば思うほど犬たちも同じように思っているということだと思います。
「思い通りにいかない【飼い主 vs 飼い犬】」その時に私たちが思い出すべきこと
様々な方々からの犬のしつけに関するご相談をお伺いしていると、多くのお悩みの根源は
「我が子のしつけが思い通りにいかない」
というところに行きつくのだと感じます。
思い通りにいかないということは、言い方を換えれば、
「現実が私の理想と多かれ少なかれかけ離れている」
ということだと思うのです。
理想と現実にギャップがあること、これは言い換えれば人間の理想とすることと犬
の理想とすることに隔たりがあるということです。
例えて言うと、
新聞屋さん「毎日毎日おうちに来てるのに、しつこく吠えてくる犬だけど、やめてほしいなー」
犬「毎日毎日吠えてるのに、しつこく来るなー」
飼い主「毎日毎日新聞屋さんに吠えるのやめてほしいなー」
この場合、「新聞屋さん」「飼い主」である人間は、「犬」に吠えてほしくないと思っていますが、一方「犬」は、「新聞屋さん」には毎日しつこく来てほしくないと思っていて、「飼い主」は「新聞屋さん」には毎日来てほしいと思っているわけです。
つまり、このケースでは、「犬」と「新聞屋さん」及び「飼い主」の理想に完全な違いがあるわけです。
「問題行動」と括られる多くは、この「犬と人間の求めるものの違い」から生じていて、その折り合いをつけられていないケースが多いのではと感じています。
犬と人間で求めるものが相反した場合、どちらの意向を優先するかは私たちの重要な選択となります。
そんなときに私たちが思い出すべきことは、
基本的には犬たちが生きているこの社会は、犬好きであろうが犬嫌いであろうが我々人間の社会である
ということです。
頭と体/人間と犬:混同していく「人間社会の理想と犬の個の尊重」
前述の前提がもちろんわかっている方が大半であることは私も理解していますが、問題となるのは
頭ではこの社会でどう立ち振る舞うべきかを理解しているが、体では実際は犬の理想の行動をしてしまっているケースが非常に多いのではないか
という点です。
本来であれば、人間社会に適応していくために愛犬も育てて行くべきところを、意思をもった我が子の意思を尊重するという大義名分で、人間社会に適応させて行くことができない事案が非常に多いのではと感じています。
人間がしてほしいことと、犬がしたいことは残念ながら何もしなければ同じにはならないケースが殆どです。
結果的に、人間社会において必要とされるルールや常識が頭ではわかっているけど、愛犬がそうしたくないという明確な意思表示をしたら、体では愛犬の意思を優先してしまい、社会からは白い目で見らてしまうような「愛犬家」が出てきてしまう訳です。
私たち飼い主が忘れてはいけないことは、
「犬は飼い主にとってだけの最良の理解者であること」です。
人間と犬、どっちの意向を優先する?そしてどう行動する?
子育てや犬育てにお悩みの方は非常にたくさんいらっしゃいます。
多くのお悩みの原因の一つは上記に記しました、
「飼い主(親)として、教えなければいけないことはわかっているが、犬(子ども)の意思も尊重したい」
「しかしながら、まだ知識や常識のない犬(子ども)の意思を尊重すると社会に受け入れられない」
ということがあると思います。
愛犬を育てるに当たり、何を正解とするか、どう育てて行くかを考える際に必要な考察は、
・犬と人間では求めるものがまるで違う
・そんななかでどちらの意向を優先すべきかを決める
・そして優先事項を考える際に判断材料となるのはあくまで人間社会のルールである
・そして各犬の個性を鑑みて個別具体的な対応策を教えていく
ことであると思います。
人間と犬が双方納得できる方法で人間社会のルールを共有し、すべての登場人物が幸せである着地点が最高だと私は考えます。